学長メッセージ

学長メッセージ

東京国際工科専門職大学 学長
吉川 弘之
Hiroyuki Yoshikawa


東京大学総長、産業技術総合研究所理事長、科学技術振興機構研究開発戦略センター長を経て、現在、日本学士院会員、科学技術振興機構CRDS特任フェロー。その間、日本学術会議会長、日本学術振興会会長、国際科学会議(ICSU)会長、国際生産加工アカデミー(CIRP)会長などを務める。 工学博士。一般設計学、構成の一般理論を研究。それに基づく設計教育、国際産学協同研究(IMS)を実施。

私たちに学問を作ることができるか

2021.01.10


本学の教員や学生がどのような人かを表現するために、私たち自身を“Designer in Society(社会とともにあるデザイナー)”と称しています。簡単に言えば、人々が今、何を求めているか、社会がどのように進んでいくことを願っているかなどを察知する豊富な感受性を持ち、察知したものを実現する手段を学び創出しながら、実際に何かをデザインし続ける人ということでしょう。

そのために専門職大学が設置され、目的を共有する教員や学生が共同体を作っていることを述べるとともに、大学である以上この共同体は固有の学問を持たなければならないことに触れました。しかし専門職大学は新種の大学ですからこの学問はどこかにお手本があるわけではなく、自分で作り上げて行かなければならないものです。学問の歴史は長く、文科から理科まで、多数の学問がすでに作られています。これらはいずれも科学的方法で客観性が保証され、だれもが使用できる知識であり、それぞれは専門領域として独立していて学ぶことができ、それを身に付けた人々が社会には大勢います。

そんな中で、できたばかりの我が東京国際工科専門職大学という小さな集団が新しい学問を作ることができるのかという疑問を誰でもが持つでしょう。この疑問に答えることは難しいのですが、ここではまずこの疑問とは何かを考えることにします。

改めてデカルトについて触れますが、彼の精神指導の規則です。その中の一つ、「分析の規則」は、ある難問を解くためにはそれをそれ以上分けられない小部分に分ければ一つ一つは直感的に理解できるから、その全体が難問の理解である、というものでした。ここで「難問」を未知の物質と考えれば、小部分とは分子や原子であり、それを理解すれば物質がわかるということですが、理系の科学はほとんどこの方法を採用して対象を理解します。

しかしデカルトはこの分析だけでは本当に理解したことにならないと言っているのでした。要素に分けて小部分になったもので理解することに加え、要素を一つ一つ組み立てて複雑なものを作ってみて何ができるかを知ることで「総合の規則」が満たされ、この作業を全部試みて何ができるかを数え上げる「枚挙の規則」があってそれをクリアした時理解したことになる、と言っています。

わかりやすく言えば、レゴという遊びがあります。それは最初四角な箱に部品が詰められていますが、それを分解して部分を知ることができる(「分析の規則」)、部分を一つ一つ使って組み立てると自動車や飛行機などいろいろなものができる(「総合の規則」)というものですが、何ができるかの全部を知った時「枚挙の規則」が満たされて、その時初めて箱詰めのレゴの本質がわかるという考え方です。分析だけでは物事の本質はわからない、総合によって何ができるかを知ることも理解のために必要ということです。

これは、分析の結果だけで得られた知識、これが現在の科学的知識ですが、その知識だけで新しいものを作ったり行動をしたりすると、結果の中に悪いもの、環境破壊、大量破壊兵器、セキュリテイー欠損、などが生じる可能性があります。そして忠実に現在の科学を使うだけでは、この悪いものを無くすことはできないということを、「総合の規則」と「枚挙の規則」で主張しているのだと解釈されます。「総合の規則」とはデザインの理論であると言えます。よいものだけを作って悪いものは作らないために必要な現実のデザイン行動のための理論で、現代の科学理論には含まれないものですが、その理論に従うために私たちデザイナーはどの様に行動すればよいのかはこの段階でははっきりしません。

そこでさらに詳しくデカルトに聞きます。彼は、分析で理解できるまで小部分に分けたものがありますが、それを「もっとも単純な小部分から始めて、一つずつ階段を昇るように、もっとも複雑と思われるものまで登る」と言うのです。しかし私たちデザイナーは、このような規則に従っているでしょうか。確かにデザイナーは何もないところから始めて、完成品まで到達し、それをデザインと呼びますが、その間にはデザインの思索過程が存在しています。しかし多くの場合、その過程は詳細に意識、あるいは記憶していません。むしろ着想とか気づきと言って中途段階を省略し、分析で得た小部分で作った階段をいくつか飛び越しながら完成品に上り詰めるのが一般のデザインです。それは直観あるいは着想と呼ばれ、デザイナーの特技であるとも考えられます。しかも現在は、この飛躍がデザインの独創性を決める要因と考えられ、歓迎されてもいるのです。

確かに現在の、デカルトに忠実な一つ一つ要素を意識した思索過程で作り上げていくことは面倒であり、時間もかかりすぎ、競争時代の速さについていけないという状況があります。しかしこのことが、デザインの結果である現代の人工環境の全体に問題を起こしているとすれば、このことをもう少し考えなければ我々は取り返しのつかない難しい環境を作ってしまう恐れがあります。それを考える資料は、技術の世界では決して豊富ではありません。そこでここでは一つの例を紹介します。それは森林のデザインについての話で、フランスのアルプス山脈西端のプロバンス地方を、1913年に一人のキャンパーが長い旅をしたことから始まり、1945年までそこを何回か訪れた話です1)

〈わたしがそこを初めて訪ねた時、そこは荒れ果ててラベンダーしか生えていない、過酷な土地で水もなく苦労するが、たまたま一人の50歳ぐらいの羊飼いの男に出会い家に泊めてもらう。その土地にはまばらに家が建ち人が住んでいるが、お互い協力することは全くない冷たい関係であった。泊めてもらった夜、わたしは男がどんぐりの入った袋から、一つ一つを取り出し子細に調べながら、選び出しているのを見る。そして翌日男が仕事に出るのについてゆくと、男は鉄の棒で荒れた地面に穴をあけ、ドングリを一つ埋めた。地形を確かめながら、次々と穴を掘り埋めてゆく。何をしているのかという私の問いに、ほとんど語らない男は、ドングリはこれだけ蒔いても2割しか芽が出ず、出てもネズミにかじられて、半分になってしまう、と静かに答えた。気が付くとこの土地に1万本の樫の林があった。これが男が今までに埋めたドングリの結果である。わたしが彼に30年後には立派な樫の林になるでしょうと問うと、男は「もし神が命を預けていてくだされば、今の1万本が大海の一滴に等しくなるほどのたくさんの木を植えているだろう」と答え、さらに土地を詳細に調べ、ブナやカバが適したところにはそれらを植える計画であるという。そして10年後に尋ねると木々は成長し範囲も広がっている。それは自然林の美しさを持っていた。1935年にはこの自然林が認められ尋ねる人も多くなった。もともと放置された国有地で、1945年には国家のもとで安全に管理され多くの若者が住み、美しい自然の中に新しい文化も生まれ、有名な場所になる。かつての廃墟のような自然が全く姿を変えて素晴らしくなった同じ場所を尋ねたとき、わたしは87歳になった男に会い前と変わらぬ静かな会話を交わすことができた。たった一人の人が、自分の肉体と精神だけで理想郷を作るのを見て、人間の力の大きな可能性を感じるとともに、そこには独自の精神と思想があったことをわたしは認識した〉

という話です。ここには一つ一つのドングリを、それが適合する場所に埋めるという行為の数えきれないほどの繰り返しが、40年にわたって続けられたという事実があります。ラベンダーを機械で刈り取り、土地に森林の設計図を書いて、トラクターと植林機械で、短時間に遊園地を作るのとは違い、そこには一つのドングリの選定とそれが適合する適当な場所の発見という「一段の階段を昇る行為の何万回」があって、結果として荒れ地に楽園を作ったのであり、それは、羊飼いの大きな夢と、土地とドングリの関係についての科学的な知識に基づく計画、そしてそれに忠実な40年にわたる一歩一歩進める行為があって初めて実現できたものです。この夢と計画と実行はデザインに他なりません。しかもそれはデカルトの精神指導の規則に忠実に従っています。その結果が理想的な美しい、人々が集まって旅行し、住処を作る文化にとんだ自然林なのです。

この話は、ただの美しい寓話と考えるだけでは済まない多くの内容を持っていると私は考えます。それは一人の人間の行為が、社会を動かす仕組みとしての政治や行政にはできないことを成し遂げるという現実です。この小説『木を植えた人』の著者ジャン・ジオノは、出版社から実在人物をモデルに書いてくれと頼まれたのに、結果的には実在の人ではないフィクションとしてこの小説を書いたのですが、それは著者の夢であったとも考えられ、その夢が社会に出て実現を待っているのかもしれません。

ここで、本題の小集団である我々に何の歴史もないデザイン学を作ることができるのかという疑問に立ち返れば、それはできるというのが結論です。実は何かを作るという行為や思索の方法はいわゆる論理学や数学ではできず、科学では十分に説明できない過程が含まれるのです。その過程とは、実は科学でも中心的な過程で、いろいろな実験や経験から法則を導き出す過程は帰納では不十分であり、それは論理学の世界では中途半端な推論しかできないアブダクション(遡源推理)で、一般には着想あるいは洞察と呼ばれるものなのです。

これは不思議な人間性によるとされ、科学理論の仲間に入れてもらえないものなのに科学にとって最重要なものです。そしてデザインでの一つ一つの階段を登る思索が、実はこのアブダクションなのです。小説の男が、ドングリをじっと見て、これはこのような土地に向いていると決めるのは、どこにも法則などなく、男の経験と、それに加えて夢を実現する対象である森林への愛情です。

突然愛情が出てきましたが、この背後にはアインシュタインがいます。ある時、科学哲学者のカール・ポパーがアインシュタインに、「相対性理論の法則にどのようにしてたどり着いたのか」と聞いた時、彼は「そこには説明できるような考えの過程は存在していない。あえて言えば、私の知に対する愛情が導いてくれたのだ」と答えたという記録2)があります。

私たちは、多くの難しい論理や数学、規則などを学ばなければなりませんが、それに加え、作ろうとするものに愛情を持つこと、その愛情がどのようなものであるかが、わが大学固有のデザイン学を決めることになりその答えがどのようなものになるかはこれからの仕事ですが、この時点ではデザイン学を作る道が存在しているということだけは信じてよいというのが私の結論です。

[引用文献]
1)ジャン・ジオノ 「木を植えた人」原みち子訳 こぐま社 1989
2)カール・ポパー 「科学的発見の論理」大内義一・森博訳 恒星社厚生閣 1971

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“社会とともにあるデザイナー”が持つ基礎学問

2020.12.10


専門職と専門家はどう違うのか、新しい制度の下でつくられた専門職大学と50年以上前に制定された制度による700もある大学とは何が違うのか、などをいろいろな角度から考えてきました。新しい時代の要請に応えるために新しい制度ができたというのがその答えだとしても、その違いをもっと明確に表現できないものでしょうか。それは大学である以上持たなければならない学問を、他の大学とは違う専門職大学固有のものとして示すことであると思います。その学問は次のような考えから生み出されます。

「人の思索は基本的に分析と総合とからなっている。分析の主役は科学で、分析的思索の結果は体系的な『科学的知識』として歴史的に築きあげられてきた。一方総合は、デザインが主役で、総合的思索は多様な『人工物』を作り出したが、それはおびただしい数に上るが、体系的でない。」

そして分析と総合には深い関係があります。分析は存在するものを見てその背後にどんな法則があるのかを求める行為であり、その成果が科学的知識です。一方総合は科学的知識を使って現実に存在するものを作り出す行為であり、その成果が人類の環境(存在)です。このように言ってみると、科学は〈存在から知識〉、デザインは〈知識から存在〉という関係にあり、分析とデザインの思索は「行きと帰り」の関係にあることがわかるのです。

とりあえずこのように考えると、すっかりわかったような気がしますが、この「行きと帰り」は手ごわい構造を持っていて、行きがわかれば帰りがわかるわけではないのが問題です。例えば、現代の分子生物学は、生体現象を詳しく調べて多くの法則を発見しました。ゲノム、細胞、組織などはもちろん、生体で起こっている現象、細胞分裂、成長、免疫など、広範な対象を分析によって解明し、多くの生命現象独自の法則と体系的知識を築きあげているのです。しかしデザインという意味では、生物を作るということには成功しておらず、もっとも簡単な生物である微生物も作れません。

この難しさは次のように説明できるでしょう。行きはある目の前の現象(現実)から一つの法則に行き着くこと(分析)。しかし帰りは、その行き着いた場所(法則)から歩き出してみると、元の現象に帰れるだけでなく、無数の現実の点へ行く。例えばニュートンは天体の運動(現実)を調べて(分析)法則に行き着きますが、その法則を出発点としてどんな物体の運動も実現(デザイン)できます。ところが微生物の現象は分析できても、それを作ることはできません。この違いは謎とも言えますが、今のところはニュートンの場合、物体の運動は一つの法則で表せるのに、生物の場合は法則がたくさん関係していて十分調べつくされていないからではないか、というような答えしかできません。

例えば、もしすべての法則を全部見つけることができるなら、その時はそれを使えばどんなものも“自動的に”、ということはだれでも望み通りのデザインができるといえそうな気がしますが、現代の科学にその見通しはなく、真面目にこのように考えている科学者はいないと言ってよいでしょう。ここに分析を中心とする科学のほかに何かデザイナーの思索を導く体系的知識が必要なのではないかと考える理由があります。

その体系的知識が「デザイン学」ですが、分析を中心とする現在の学問体系に対応して作られている伝統的な大学にはそれを担当する人はいません。ですから“Designer in Society(社会とともにあるデザイナー)” を目標とする専門職大学にその学問を作る責任があるのです。そしてこの課題が私たちの前にあり、大学は固有の学問的な基盤を持つことで一人前になるという広く求められていることに対し、われわれの専門職大学はデザイン学を持つことで応えることになります。

デザイン学はまだ成長の初期にあると考えられますが、実はデザイン学が人間の思索に重要であることが400年も前に指摘されていたのを人類は放置したまま現代に至ったことを前回述べましたが、そのデカルトの指摘を以下に見てみます。

デカルトは1596年生まれですから、もちろん専門職大学のことを考えていたわけではありません。関係があるというのは、デカルトの哲学は現代の科学の考え方に大きな影響を与えていますが、彼の哲学の中の一つの重要な指摘が、現代の科学あるいは哲学で十分に受け止められていない点があり、その指摘が私たちの考えているデザインと関係があるということなのです。その指摘とは次のような、難問を解く思索で従わなければならない四つの必要な「方法の規則」です1)

1.明証の規則:自分の思索の中に現れるものの中ではっきりと説明できるものだけを扱う。
2.分析の規則:難問を分割し、もっとも単純な直感的に理解できるような小部分に分ける。
3.総合の規則:もっとも単純なものから始めて、一つずつ階段を昇るように、もっとも複雑と考えられるものまで昇る。
4.枚挙の規則:このようにして得られる認識のすべてを数え上げ、見落としがないことを確信する。

各規則の説明は原文に忠実ではありませんが2)以下の話につながるように簡単にしてあります。これは分析するだけでは真理はわからず、分析結果を使って複雑なことを考えたとき何ができるかを全部数え上げなければ真理を見極めたことにはならないと言っていると解釈されます。

さて、この難問を解く思索に必要な規則は、学問における真理探究のための必要条件であるとデカルトが言っているのです。デカルトは科学に大きな骨格を与え、そのおかげで私たちは科学的知識という見事な体系を持った現代の科学を築き上げることに成功したと言われています。しかし現在、科学が人類にもたらすものは恩恵だけでなく、副作用としてすでに述べた「現代の邪悪なるもの」(環境破壊、過酷な戦争、貧富の格差など)を引き起こしているとして、デカルトの限界を指摘し、脱構築などと言って新しい枠組を求めることも行われています。

このことについては専門家たちの多くの議論がありますが、それは専門家に任せるとして、私たちデザインを専門とするものから見ると、この「総合の規則」と「枚挙の規則」はまさしくデザインであり、デカルトはこの手順も踏まなければ真理には到達できないと言っているのです。

一方の「明証の法則」と「分析の法則」は、人類がこれらに従う思索によって科学という体系的な知識を作り上げました。現代の科学は、基本的にはデカルトの言う「分割して小部分を切る」という手続きを守って思索することによってその結論が仮説であるとしても、それは科学自身によって棄却されない限り正しさを保証することになっています。

しかしデザインは総合によって物を作りよいものが生き残るのですから、デカルトは「総合の規則」と「枚挙の規則」に従って思索することを求めています。しかし、現在のデザイン思考は、デカルトの規則を守ってはいません。デザインの思考は、デカルトの規則のように自分の思索を「一歩一歩確認しながら」複雑なデザイン目標に近づいてゆくのではなく、直観的、感性的な飛躍を伴う行為です。しかも「枚挙の規則」も守っていません。その結果、確かにデザインすることは可能ですが、それが本当に正解なのかは不明であるという、科学的方法とは異なる性格を持つことになっています。その結果正しくない結果によって、現代の邪悪なるものを生むことが避けられないのではないかと思われます。

この解釈が正しければ、真理探究の唯一の方法であると我々が考える科学は、実はデカルトの要求を半分しか満たしていないということになります。人工化あるいは人工物に伴って発生する望ましくない状況は、実はデザインの思索の過程に潜んでいるのではないか、デカルトはそのことを省察して、すでに400年前に規則として「総合の規則」と「枚挙の規則」を定めたのではないかと考えます。

この考えに立てば、分析する科学と同じようにデザインの思索過程を明確に定めること、それを分野別でなく、あらゆるデザインに共通のものとして作ることがデカルトの要請に応えることになるといえて、これが「一般デザイン学」の歴史的な背景ということができます。

[引用文献]
1)デカルト 方法序説 谷川多佳子訳 1997 岩波書店
2)この「方法の規則」をもっと正確に知りたい人は、「デカルト 精神指導の規則 野田又男訳 1950 岩波書店」を参照のこと

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学問と実務を学ぶ

2020.11.10


専門職大学は学問と実務とを並行して学ぶ大学である。この両者を身に付けたものが専門職となって社会に出てゆき、学問的知識を社会にある多様な課題に自在に適用して解決しながら善き社会を作るために貢献する――。

このことは、今までの本欄でもたびたび触れましたが、改めてここで、学ぶべき学問、実務とは何かについて考えることにします。

まず、学問と一口にいっても、それは多様な種類を含んでいます。一つ一つを学問分野と呼んでもよいでしょう。宇宙の秘密を解き明かす宇宙物理学もあれば、日本古代の和歌とは何かを説明する日本文学もあります。この例を見ただけで、学問を一口で説明することなど、とてもできないと感じてしまうでしょう。

確かに、学問が対象とするものは多様で、というよりも対象であるための特段の条件がないので歴史とともにその対象は増えつつあり、学問の歴史とは、対象が増えてゆく歴史だといってもよいくらいです。しかも、対象によってはあまり意味のある成果を出せずに滅びてしまうものもあり、成功したものが学問領域として生き残るという歴史を持っています。したがって、今私たちが大学で学問と呼んでいるものは、歴史的結果であると同時に最終結果ではなく、これからも無限に変化を遂げてゆく可能性のある存在です。

このような学問をこれから学ぶためには、どのような態度で臨めばよいのかをここで考えてみます。すでに大学に入学する前に、学校で多くの学問に触れていて、その輪郭はわかっているでしょう。数学、理科、国語、英語、歴史、社会、地理、などを学び、それぞれについて対象を理解し説明する方法を学んだと思います。

しかも、これらは互いの関係を考えなくても対象を理解することができる独立した知識のまとまりであることを認識したはずです。ここで学問分野とは、この独立した知識のまとまりに対応したものだと考えることを出発点にします。

大学では、学問の構造ができていて、大きな分野の中に細分化した領域があります(ここでは大きな分類を「分野」、分野の中ではっきり区分けできる部分を「領域」と呼んでおきます)。例えば身近な工学分野には、機械、電気、材料、情報などの領域があり、さらに機械領域の中には、機構学、振動論、弾性論、塑性学、材料力学、強度論、摩擦摩耗論など多数の小領域があります。しかも強度論には、破壊力学、疲労理論、衝撃破壊論などさらに細かい領域があります。

このように、一般的な分類から細かい研究領域まで多様であり、分野が10もあって、それぞれが10の領域を持つとすれば、100の領域があることになりますし、それがまた分かれて大変な研究領域の数になります。あなたの専門は何かと聞かれて研究領域で答えると、それは工学分野の中の何百分の一を専門にしていることになるのです。機械工学の専門家になるとしてもこれらを全部身に付けるわけにはいかないし、部分的になってしまいます。私もかつて何年もかかって学位論文を書き上げた時、うまくいったと喜んだのですが、計算すると学問全体の6万分の一の狭い領域での貢献であることがわかり、がっかりしたことを思い出します。

これは学問の細分化問題と呼ばれて、専門家が知識を使用する場面で見落としを起こす可能性があり、実際に問題を起こしています。機械工学でいえば安全問題が、情報工学でいえばセキュリティ問題があります。

この問題は、無限に、しかも急速に増えてゆく学問の知識を手にした現代の人類にとって、無視することのできないものです。その解決のためには、学問的知識がどのようにして作られているかを考えなければならない時代が来たといえます。

昔の学問は、思想家が全身で考えだす真理というようなものでしたが、次第に厳密な条件が与えられるようになり、世の中にある未知の現象を支配している法則を発見するためには、関心の対象の明示、その分析、理解のための仮説、仮説の実証という手続きによって曖昧性なく法則を発見することが必要という考えが定められます。

この始まりは、コペルニクスやケプラーの天文学者の天体観測、それに基づく学説の主張があり、続いてニュートンが力学法則を仮説として提出し、それを定量的な観測によって法則の正しさを証明するという16世紀の物理学の始まりに原点があります。ニュートンの法則は、彼が期待したように世界の現象すべてを説明したのでしたが、それは物体の運動という限定された世界のものでした。彼はほかに光の世界、物質の世界があることを認め、光学の法則、物質の法則と次々に法則を発見することで世界を説明しつくす計画を持っていたと思いますが、実はその後、物質の多様性だけでなく、電気、磁気、放射線など様々な現象が現れ、それぞれに別の法則が発見されることになり、それぞれが領域を作っていった結果、多くの領域ができることとなりました。

一方領域間の関係の研究も進み、力学的運動と光を合わせた世界をアインシュタインが相対性理論で描き出すこともあって領域の統合も行われましたが、現実には新しい法則だけでなく知識利用の便利さで古い法則も生き延びて、その分だけ領域の数も増え続けているのです。

学問は物理学だけでなく、文学、法学、経済学などの文系学問もあり、物質科学は量子論、さらに素粒子論も巻き込んで大きな分野に成長しつつあります。現代では特に生物学と呼ばれた分野が生命科学と名を変えて、全く新しい法則を生み出しながら巨大な学問分野を作っています。

このような学問領域の増加は知識の増加ですから、知識を利用する側から言えば豊富な材料があることになり、人類への学問の恩恵が増え続けるのは確かです。しかし使用する人間は有限で、果たしてこれから人類は生み出された知識を十全に使いこなすことができるのか、このことを慎重に考える必要があると思われます。

さて、このような問題をどのように解決するかを考えてゆくと、ここにも私たち専門職大学の新しい役割があるのです。以上に述べたことは、簡単に図解すれば、学問領域別に組織化された多くの知識生産者がいて急速に学問的知識を作り出しているのに、それを使用する社会の側は組織化が遅れ、提供される知識の恣意的使用、知識の持つ意味の不十分な理解のもとでの使用などによって恩恵だけでなく困難な問題を引き起こす可能性があるという状況です。それは不適当な知識使用による環境破壊や貧富の拡大、また災害の大型化、過度な競争による知識の浪費、情報産業における過去には経験したことのない独占、など、すでに世界を覆いつつある問題と関連します。これらの問題状況を前にして、多くの場合、その原因が知識の使われ方にあると考える習慣を私たちは持っておらず、その状況を解決するための新しい知識を待つことしかしないというべきでしょう。

このような現代の問題の基本的解決のためには、知識生産とその使用を統一して考える能力を持つものが社会の、特に産業の主役になることが必要ですが、それは専門職の定義に当てはまります。専門職大学では、学問を学び、実務を身に付けることが学習の目標ですが、それは次のような学習内容です。各学科における専門科目の学習と演習にとどまらず、「地域共創デザイン実習」「臨地実務実習」などの実習科目による、学科で学んだ知識をみずからの動機に基づいて使用する経験を通じて、学問の意義と、その使用の結果の社会への効果について実感的に学ぶことになります。

これはただ学問と実務の両方の力を持つということを超えて、現代の学問の状況が潜在的に持つ深刻な問題に対応する鋭い感受性を持って行動するために必要な能力です。しかも専門職としての経験は、いずれまとめられて一つの新しい学問分野を作ることにつながります。

実はこのことは、天文学者ケプラーと同時代の哲学者デカルト1)が、物事を理解する方法は、細かく分けて分析するだけでは不十分で、分けたものを組み立ててできるものを見極め、そのうえでできるものすべてを枚挙しなければならないといったことの、現代における実行だといえます。分析が科学者だとすれば、組み立てるのは“Designer in Society” であり、私たちはデカルトが指摘しながら400年も人類が放置してきた課題に挑み、新しい学問を生み出す使命も負っているといえるのかもしれません。

[引用文献]
1)デカルト 方法序説 谷川多佳子訳、1997、岩波書店

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デジタル社会における情報専門職の役割

2020.10.10


専門職大学という大学の「新種」が誕生しました。専門職になろうと考える人にとって、専門職の役割はどう言うものかについて関心があるでしょう。一方世の中では、専門職大学の卒業生が閉塞的な社会に新しい空気を吹き込んでくれることを期待しています。専門職自身にとってだけでなく、社会で専門職はどのような役割を果たすのかという視点からも考えておくべきことであると思われます。ここでは、本学の情報分野の専門職について考えてみます。

情報分野の能力を身に付けた本学の専門職は、その能力がどのように使われるかを知っていますが、それを行うことのできる場所が、広い社会の中のどこにあるのかについては大学での学びによって明確になるわけではありません。特に社会はいつも変動していて、どんな組織も決まった仕事を持ち続けてはいないことを考えると、希望の個別企業をはやばやと決めることには意味がありませんが、専門職にはどのような働く場所があるのかを概観しておくことは必要です。

すでに、先日授業などで、教員グループによる、働く企業や職場の実例について説明がありました。学生諸君はこれにより、将来働く場についての現実的なイメージを持てたと思います。

そこでは多くの企業が例示されたこと、またその業種の多様さに驚かされたでしょう。情報工学を学んだものは、どこにでも就職できると言える、工業だけでなくサービス業も輸送業も、農業も、そして、もちろん官庁関係もあります。また産業とは言えない芸術や文化一般にも。それは他の分野で、建築学科を出れば建築業界、機械は自動車産業、電気は計算機や通信の産業といったような、学んだ学問と就職先の関係がはっきりしているのとは違います。

かつて情報工学という学科が大学にできて、情報技術を学んで社会に出た人が、自分たちの仕事はいつもアウェー(away)で戦っているようなものだ、情報に関して理論や新技術を生みだす学問的な「本拠地」はどこなのか、という感想を漏らしていたのを思い出します。そのころは、学んだ学科によって就職先が決まる時代だったので、就職先がはっきりしない情報の人がこのように感じたのでしょう。しかし現代は、情報技術はすべての分野で必要になったばかりでなく、「本拠地」の姿を見せ始めました。それは、リアル世界に対するサイバー世界の出現です。

1990年代に、製造技術における計算機応用として、digital twinという考え方が現れます。それは部品や製品をデジタルで表現する方法で、それを使って性能評価、製造法、メンテナンス方法などを実際に製造する前に知り、最適設計を実現するというものでした。この考えは発展し、機械工場だけでなく、社会を含む大きなシステムの現実とデジタル表現とをデータ通信で結び、一体化して動かす方法を生み出しました。これはAI、IoT、データサイエンス、5Gなどの進歩により、リアル世界とサイバー世界が対等なものに近づく状況を作りつつあります。その状況では、システムを作り、また運転するとき、物理存在の専門家と情報の専門家とが協力して作業することになって、物理専門家が物理存在の理論を持つように、情報専門家は本拠地としてサイバー世界の「理論」を持つことになり、情報技術者はもはやアウェーで他の分野の本拠地を盛り立てるだけの役目ではなく、自らの本拠地を盛り立てる役目を持つ、したがって情報技術全般の進歩を担うとともに情報に関する学問に責任を持つ者となります。

物理存在の専門家が、物質、生物、人間、社会、など、実在するものであるリアルの真実を知るために長い歴史をかけて築き上げてきた「科学」、それは対象を定めたうえで観測、仮説、法則という規則に従って多くの公共的で疑いのない知識である法則や理論を作り出してきました。しかもその使い方は多くの経験に基づく工学を作りだして教科書となり、また規格や標準によって安全などが守れるようになっています。

しかし、サイバー世界は生まれたばかりで、理論も規格も不完全で、その正体ははっきりしていません。このことを私たちは身近に感じています。サイバー世界におけるウイルス、サイバークライムは当初より指摘され、情報セキュリティの分野が進みつつありますが、国際的な情報操作による社会混乱や過度の知識集中による企業収益の偏在など、対応の方法が見つからないようなことも起こりつつあります。

これはだれの責任か。政府や役所の責任、ということはできますが、問題を起こさないように規制するための法律や規則、また規格などは、情報を専門とするものの知恵が必要で、結局専門職の責任ということになります。サイバー世界は未成熟ですが、それが多様な機能を持つ要素が作る構造を持つことはリアルの社会と同じです。今、サイバー世界のデジタルアーキテクチャーの必要性が強調されています。しかし、ここでいう要素やデジタルアーキテクチャーのデザインは決して単純ではありません。

たとえばSociety5.0において、家庭内で働くロボットなどという課題を取り上げた時、「器用に作業しながら人を傷つけないロボット群」はどのような理論に支えられるのかは全く不明であるばかりでなく、おそらく試行錯誤で一歩一歩進む、いわば進化型デザインになるのではないかと想像されます。例えば重いものを運ぶ人の作業を手伝っているロボットは、人がけがをしたときは手伝いをやめて他のロボットを呼んでともに治療にあたることになる。ここで必要となるロボットの機能とアーキテクチャーの要求に、デザインはどのように答えればよいのか。このような要求の記述は、多様な科学領域の知識が必要であり、そのデザインは前例のない数々の発明を必要とする。しかしありうる家庭全部を満足させるようなシステムを作ることはおそらくできないでしょう。できるとすれば、ある家庭での人々の状態、要求を学習しながら身に付けてゆき、次第に家族の特徴を理解してその家族の要員となってゆく。ロボットには、このような学習プロセスが必要になるでしょう。人が要素として入るシステムの特性は、このような環境に従う進化を必要とするものになると思われます。このことはすでにK. Popperが「漸次的工学主義1)」と呼んだものに相当します。彼が理解するように、技術を作る工学におけるデザインというのはこのようなものであり、重要なことは、まず漸次的に行った内容を理解することにあり、ここには科学があります。そして判断を変えて次の行為を決めるときにデザインがあるのです。この過程は、科学に従って作れば機能が発揮できるという現代の工場で働く産業用ロボットのデザインとは全く異なるものです。さらに言えば、デジタル化に人々が従う企業のデジタル化とも違い、固有の人間存在を基本とするデジタル化です。これは人間を含むIoTであるとも言えて、人間独自のデザインの意図がIoTで結ばれたシステムの中に入り、結果として進化するシステムを成立させるということで、かつて言われたdigital twinが、digital triplet2)になるとも言えて、cyber-physical システム の拡大を意味します。

この新種の進化型デザインは、情報工学の一部門にだけに精通する専門家の仕事ではなく、情報全般の知識を持ち、しかも家庭、社会といった人間を含む物理的世界に関する知識が必要であることを考えれば、デザインしながらこれらの基礎学問を学びとって未知の世界に入ってゆくことが得意な専門職の重要な仕事であることがわかります。ところが現在言われているデジタル革命ではこのような仕事が必要であることが明確に示されていません。この状況を克服するために、Designer in society (社会とともにあるデザイナー)である専門職が真に人のためのSociety5.0にとりかかることが期待されるのです。

[引用文献]
1)Karl Popper, The Poverty of Historicism, Routledge, 1957, p.55
久野収、市井三郎訳 歴史主義の貧困 94ページ
2)梅田靖、次世代生産システムに向けた「ディジタル・トリプレット」の提案
日本機械学会: 生産システム部門研究発表講演会2019


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『自由な夢』から『実現可能な夢』

2020.09.10


東京国際工科専門職大学では、『自由な夢』を持った新入生が卒業までの4年間に、それを『実現可能な夢』へと育ててゆく過程であると考えています。その間の学びは、各コースに準備されたカリキュラムに沿って、技術を支える科学的理論を学び、また夢を実現するために実習や企業の経験などによってその方法を学び、実際に『実現可能な夢』をつくりだすというものです。

ここで『自由な夢』といったとき、それはどのようなものかを考えてみます。自由ですから本当は何でもよい。しかしそれでは漠然としすぎている。夢とは何かを考えるのも大切な仕事のように思えます。

有名な歴史の話として、ライト兄弟が「鳥のように空を飛びたい」という人々の夢を実現したという話があります。一方トーマスエジソンが、「クレオパトラの声が聞きたい」という夢を出発点として蓄音機を苦心の末に発明したなどという話1)は、個人の独創的な着想を出発点として実現まで行くという意味で、真偽はともかくわかりやすい夢の話です。エジソンの自由な夢は人々が気づいていない新しい機能であり、その発見から実現までの過程は企業間の競争などの社会の中で達成されたものですが、発明家エジソンの個性を表現する話になっています。

これらは発明の時代と言われた19世紀を特徴づける話で、夢を考えるうえで参考になります。ライト兄弟の場合、地上では馬車の時代が終わり、列車や自動車が実用化され、それが社会生活や産業を新しいものにしていたから、空を飛ぶことは次にできることとして広く「人々の夢」であった可能性があります。しかし多くの努力でも成功せず、「機械が空を飛ぶなど物理的にありえない」という学者の意見などもあり、人々にとっては実現からは遠い夢であったと思われます。そこには様々な社会的議論があって、夢を一人で育てたとは言えません。しかしライト兄弟は、流体理論、風洞実験などで可能性のあることを次第に確認しつつ「自分の夢」と位置づけ、試作を繰り返し、ついに完成したのです。

このように、人々の自由な夢は科学、技術、特別なデザインの工夫などで、次第に成長して「ライト兄弟の正式な夢」になり、さらに進めて、実際に飛行に成功することで『実現可能な夢』に到達します。もちろんそれが社会の期待する空の旅行になるまでには、多くの人々がかかわり、企業による製造、経済性評価、安全性確認など数々の関門を通って、いよいよ現実の飛行機になったと考えられます。エジソンも、今まで存在しなかった音声の記録という働きを着想してから、音声の機械振動への変換、振動の記録、必要な材料など、どれも必要な科学技術の知識を利用するだけでなく自ら理論をつくり、その結果として蓄音機の原理をつくり出して『実現可能な夢』に到達したのです。

夢とは、「未来がより良い社会になるために役立つものをつくり出すこと」といってよいと思えますが、その意味ではエジソンもライト兄弟も同じであると考えられます。18世紀から19世紀の産業革命以後、人類は科学の体系的知識をつくり上げるとともに、それまでは思いつきもしなかった数々の夢を持ち、実現して、豊かな社会をつくってきたといえるでしょう。

現代の夢も上述のより良い社会のためという定義に入ります。しかし、今の社会に生きる私たちの持つ夢は、ライト兄弟やエジソンとは違うところがあるような気もします。ここで現代の夢の例を改めて考えます。

1970年台は日本の製造技術が急速に発展した時期で、自動車などの大量生産では加工工場がどんどん自動化されていきました。しかし、ひとつ一つ異なる製品を個別に生産する多種少量生産と呼ばれる工場では自動化は無理で作業者に頼らざるを得ず、しかもその作業には機械に従わなければならない過酷な作業もありました。

そのような時代に、若い研究者が集まって多種少量生産の無人化工場をつくろうという『夢』を持ちます。専門の違ういろいろな機関から集まった研究者、行政官も一人いました。それは多様な能力を持つ柔軟な工作機械の開発という夢です。これは次々に送られてくる制御命令を使って異なる部品を工作機械が自在につくり分けるというものでした。実際にこれは長い議論の末実現可能な設計図を完成し、国際会議で発表して世界を驚かせました2)。1977年には国家プロジェクトが発足し実験機の作成に成功しました。この機械を多数配置して工場をつくれば、型の違う自動車はもちろんオートバイでも、さらに冷蔵庫でも必要な部品を必要なだけ、この工場が一つあれば供給できるというものです。

私はこのプロジェクトの一員として研究をつづけながら、別の個人的な『夢』を持ち始めました。このように何でもつくる巨大工場は、その周辺に当時は自動化できなかった組立てや塗装などの多勢が働く工場が隣接し、そこには多種の製品をつくる企業群によって巨大な工業都市ができることを予感させていました。技術が高度化するとそこに人が集まり、効率的な生産システムをつくり上げるということが、歴史的な流れとして当然であると考えられていたのです。しかし生産による都市形成ということに、私は技術が人の生活に制限を与える気がして違和感を持っていました。多種少量生産を自動化しながら、人の生活に制限を与えないもの、それが私の『自由な夢』でした。

私はこれを考えるために1977年にノルウェーに1年間滞在しました。そこには友人のOyvind Bjorke教授(ノルウェー工科大学生産工学科)がいて、彼自身の哲学に基づくシステムを開発していました。ノルウェーもそのころ急速な産業化を進めていましたが、工場に人が集まらないという状況を解消するという問題を解くのが目的です。

当時日本と同じ国土面積に300万人の人口という過疎国家で、漁業、農業、林業などに従事する人は先祖から住む場所を離れたくないと考える。そこで、従来の考えとは逆の「技術が人のいる所へ行く」という考えに到達し、これに従うシステムを考えます。それは数軒の家族がつくる漁村に、高度に自動化した機械を置く。これは多種少量生産ができる自動工作機械で、部品を生産する。機械の操作は電話線の通信で情報を受け、つくった部品はこれも分散している組み立て企業まで高速道路で運ぶというものです。

実際に多機能を持つ独自の工作機械を開発し、自動車生産の一部に使用しました。Bjorke教授の発表は、国際会議で大きな喝さいを受けましたが、当時の計算機や通信の環境では広く実用になりませんでした。日本の多種少量生産無人化プロジェクトも、メタモルフィックと呼ばれる千変万化の工作機械を発明し人々を驚かせましたが、これもソフトウェア不足や故障対応などで実用まで行っていません。

このように、現代の夢の実現はなかなか難しく、既存の知識だけでは進めることができないのです。それが多くの人々、あるいはさまざまな社会と関係するときは特に難しい。これらの例では、まず夢があって、それが社会的期待に応えるという過程は複雑で、しかも社会的期待は技術の実現可能性を知って変わってゆく相互作用もあり長い時間がかかるように見えます。それは夢が要求する技術は多数の領域の知識だけでなく、まだ存在しないような領域の知識にまで及び未開拓の科学研究や技術開発が必要です。そのうえ、複雑化した現代社会における既存システムとの経済性の争いや使用者の感性的受容性など、推定の難しい問題も出てきます。

このように現代の『自由な夢』の実現では、自然科学のみならず人文社会科学の知識を利用したり新しい知識を開拓したりしなければならないことになり、夢の実現を目指す専門職は大変な仕事量をこなさなければならないので、19世紀の専門職といえるエジソンやライト兄弟とは違うように思えます。この問題の深い分析はともかく、基本的に言えることは、現代は19世紀に比べて人を取りまく地球環境や人工環境がはるかに複雑であり、したがって地球上の人々の期待がきわめて多様であり、それを統一的に述べることなどできないということです。

19世紀の専門職である発明家たちは『自由な夢』をひそかに自分のものとして育て、実現可能になった時に世に問うという形式で進んでいったのに対し、現代の専門職はすでに夢の段階で、多くの専門職あるいは自然か人文社会かを問わずに科学の専門家、経営者、行政者、一般の人々などと広く協力することが求められているといえるでしょう。

今までに述べた『自由な夢』についていえば、原子力ロボットでは関連分野の専門知識に加え、新しい「保全学」という分野が必要になるだけでなく、エネルギー関連の社会科学も必要であり、分散工場では通信や輸送などの社会的インフラ関連の知識が必要であるとともに、高度情報化社会における人の暮らし方についての新しい知識の体系「居住分布学」とでも呼べる知識が必要になるのです。一人の専門職にはこれらを全部マスターすることはもちろんできないだけでなく、それは本来多くの研究者の協力のもとに行うべきものです。

すでに述べたように、専門職は自分の専門に精通するだけでなく、関連分野の人たちと協力的対話ができる人たちです。多種少量生産の夢は、はじめは10人ほどのメンバーが共有する夢でしたが、メンバーがあらゆる方面の専門家などとの対話を通じて技術は広がり、無人化工場とは言えませんが、工場が必要とする情報の生産者と実体の生産者の組織の協力で大幅な自動化が可能となり、それは世界に広がってさらに進歩を続けています。分散工場のほうは、その夢が人文社会系も含む多様な専門知識を必要とするためにまだ実現には距離がありますが、その方向は次第に見えてきているといえるでしょう。

今までに述べた『自由な夢』は、一人が持つ夢というよりは、複数の人が夢見る社会的期待の一つといってよいものかもしれません。したがって、私たち専門職大学に属するものは、既存の専門ごとにつくる閉じた学会でなく、夢という専門が未確定な課題を討議して、夢の実現に必要な知識を生み出す『チーム』をつくる必要があります。それは新しい自然科学や人文社会科学の今までにはない分野かもしれないし、それらの分類には従わない分野かもしれません。そこで専門職たちは夢を話題として議論し、その実現化に協力するのです。現在の地球、人類社会の状況から言って、それらの必要性が広く予想されている現在、私たち専門職の使命は重いのです。

[引用文献]
1)Villers de L’Isle-Adam、 未来のイブ 、1886、渡辺一夫訳 岩波文庫、1938
2)H.Yoshikawa, Unmanned Machine Shop Project in Japan, Advances in Computer aided Manufacture, ed, by D.McPherson, IFIP, PROLAMAT-76, pp.3-22


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専門職とはなにか

2020.08.10


世の中には多くの専門家がいます。それなのに私たちが新しく『専門職』という人材が育つ新しい大学をつくったのはなぜでしょう。それは現代社会が新しい人材を求めていて、それに答えるためなのです。

求められている人材、それは急速に変化する現代社会が、変化に対応して安定で豊かな進化を遂げてゆくために必要な人材ですが、現代社会は多様な問題を抱えていて、従来の教育で育つ専門家の能力に加えて新しい能力を求めています。専門職大学はそれに応えるための大学です。以下に、専門家と専門職の違いをいくつかの視点で考えてみることにします。

入学試験で受験生たちは熱心に自分が将来やりたいことの夢を情熱的に語ってくれました。専門職大学で学ぶことによって、学生ひとり一人の『自由な夢』が社会で実際に『実現可能な夢』に成長するために必要な智慧を学生たちが獲得する学習環境を、教員たちが準備しています。そこでは、夢の実現のために必要な科学技術知識だけでなく、それが社会の多様な人々に受け入れられるか、経済的に普及するか、環境影響はないか、などの知識も必要です。これらの必要知識は多様で、伝統的な学問の教育課程に見られる特定の学問分野を中心とする教育では得られません。既存の大学の工学部で言えば機械科、電気学科、化学科などですが、これらの分科した学問分野の知識だけでは、学問分野についての予備知識のない、いわば解放された学生たちが抱いた『自由な夢』を実現するのに必要な多様な知識を覆うことはできないでしょう。

この『自由な夢』の実現には多く分野が必要です。それも物理学、化学、生物学、工学などの理工系分野だけでなく、人文系や社会系の知識も必要です。伝統的な、恐らく10以上の分野が必要です。これを大学の4年間で学ぶことができるか、専門職大学とはそんなに忙しく学ばなければならないところなのか、という疑問が湧いてきます。

この答えは簡単ではなく、多くの分野を総合化して学ぶ方法と言われているようなものは、学問体系の構造が未成熟のために現実的ではありません。

昔の体験のことですが、私は原子力発電所の中で働くロボットをつくる夢を持ちました。当時、原子力発電所は多重の安全性設計で事故は絶対に起きないといわれていました。しかし私は、定期点検における作業者の被爆可能性や絶対安全ということが信じられず、なんとか点検や修理を自動化するべきだと考えたのが動機でした。当時機械加工の自動化研究をしていた私にとっては、原子力技術、発電技術、安全性、経済性などの専門的知識を学んだことはなく限られた自動化知識をもとに『原子力発電所の点検修理の自動機械』をつくることに夢を持ったのでしたが、これは『自由な夢』でした1)

まず建設途中の格納容器に入って、そこでの複雑な機器や配管などの構造や、燃料供給、流体の流路制御、熱交換などを学び、そのような環境下で自動的に働く「移動ロボット」を構想します。私にとっては知らないことばかり、専門の違う工学系の同僚5人と学生たちとチームを組み、協力して「階段の昇降も可能で、配管の背後までアームを伸ばせる多自由度移動ロボット」をデザインし、企業の協力も得て試作機をつくり実験しました。大学の中庭に発電所の一部の小さなモックアップをつくり、実験して成功。さっそく電力会社に売り込みに行き、共同研究を申し込みますが、「絶対安全な発電所にそんなものは必要ない」と断られてしまい、落胆して帰宅です2)

その翌年、チェルノブイリの事故があり、驚くと同時に点検修理の必要性を改めて強く感じ、原子力についてより詳しく学びます。構造、作動原理だけでなく運転や点検の実際、部品の交換、故障の可能性、事故による放射能被害の拡散や経済損失など、多くは専門外ですが関心を持って学んだ結果、厳密な理論はともかく、その学問領域の人と対等に議論ができるようになりました。

ある課題に動機を持った上でそれに関連する自分には専門外の領域知識を学ぶ場合は、その領域の専門家として新製品を提案、デザインすることができるようになるとは限りません。しかし、異領域の人と話ができるようになることは十分可能です。その結果、その人とチームを組んで協力し一人ではできない仕事を達成する、それは、伝統的な領域に特化してその領域の理論を深めるという学問の探究の基本形式に従っているだけではできないことです。

実際には、科学的方法を適用して知識を得る専門領域は対象によって多数存在しています。例えば工学分野で機械工学、電気工学、材料工学など、10領域以上ありますが、学問領域の論理構造には共通なところがあり、一つの領域を専門として深く学ぶと他の領域は構造の共通性を通して推定できるようになります。このようにしていわゆる『専門家』が一生かけて深く自分の領域を考え続けるのに対し、私たち『専門職』は社会に出てゆき、自由な夢の実現のために必要であると知った自分の領域に加え他の複数の領域を使って自分の夢、そして社会の夢を実現するのです。

もちろん私はつくったロボットを受け入れてもらえなかったので専門職としては失格ですが、その後の原子力政策に関与し続けることになりました。特にチームの学生の何人かはロボットの専門職となり、福島の原子力事故の廃炉のための難しいロボットを開発して活躍しています。

このように考えると、専門家と専門職は異なるやり方で学問を学ぶことがわかります。専門家になるためには専門を究めることを目標に、専門を特定してその学びに集中して知識を身に着けて社会に入り、企業の場合は与えられた製品の開発に取り掛かることになりますが、必要知識は異なる専門家が開発チームをつくることで満たすことになります。いっぽう専門職は自分の領域を深めながら、それだけでなく動機と夢に導かれて既存の他領域も吸収しながら自ら新しい領域をつくることを目指すのです。専門職は、『知識のチーム』を頭の中につくったということもできます。

東京国際工科専門職大学は工科学部のもとに情報工学科(AI戦略、IoTシステム、ロボット開発の3コース)とデジタルエンタテインメント学科(ゲームプロデュース、CGアニメーションの2コース)があります。各コースの名前は、複数領域の学問的内容を含みながら、現在の学問分類による分野構造に縛られることなく、情報化社会の中で実現したい『夢の集合』を表すと言って良いでしょう。そしてどのコースでも情報分野の数学的構造、心理学的特性、社会的機能などの学問的基礎と、実務におけるスキルとを夢を実現する努力と並行して身につけてゆくことになります。それは専門職の経験を持つ教員の支援のもとで、講義、実習、臨地実習、産業人との交流、地域社会との交流などを通じで学ぶ課程であり、社会の期待に答える夢の実現のための能力を身につけると同時に、従来の学問構造とは異なる構造の知識を生み出す学問のフロンテイアを広げる専門職となるのです。

[引用文献]
1)ロボットと人間、NHKブックス、日本放送出版協会1985
2)一般デザイン学、第8章、岩波書店、2020


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専門職大学がなぜ制定されたか

2020.07.10


現在の我が国には、初等中等教育の上に高等教育が位置付けられ、そこに大学(大学院)、短期大学、高等専門学校、専門学校、省庁大学校などが設置されています。これらは基本的に卒業後に社会人として職業に就くことが予定され、さらに機関ごとに特徴ある教育理念を掲げていて、社会の多様な人材の要求にこたえているということができます。これらを見ると、多様な性質を持つ機関が社会の期待に応える人材を輩出することを目的として、それぞれの役割をもって調和的に設置されていると考えられます。それなのになぜ新しく専門職大学が制定されたか、ここで考えておく必要があります。

現在我が国で高等教育の大部分を占めるのは大学(700校、学生280万人)と専門学校(3000校、学生70万人)です(校数等は概数)。そして文部科学省の説明によれば、学問体系に従って学理に精通する人材を教育する大学と、社会の職業構造に従って各職業で活躍するために必要な実践力を養成する専門学校とが融合したものが専門職大学です1)。この表現は、大きな存在である大学・専門学校の両者の性質を持つ中間の大学であると理解されます。しかしこの理解は誤解であって、制定の根拠をより詳しく考える必要があります。

我が国が産業国家としての近代化を目指していた明治の初期に、欧米に学び高等教育制度を導入したときは、産業が作る職業構造に適合する人材を教育することに重きを置いていたのですが、その後の長い歴史でいろいろな変遷があり、近年には文部科学省の説明のように、基本的に学問を背景として仕事する者と、実践力を背景として仕事を行うものとが社会を支える職業構造が定着したのです。それは荒廃した戦後の日本において産業の復興に大きく貢献しました。

例えば製造業の現場で、両者が分け隔てなく協力する作業が生産性で優位に立ち、世界の注目を集めた高度成長を成し遂げて日本は経済一流国であると認められるようになりました。これを推し進めた様々な産業化政策の中で、特に高等教育の寄与が大きいことが指摘されました。構造化された学問のそれぞれの領域に精通する大学卒業者は科学技術を世界水準にまで高めることに貢献し、それを実践力を持つ専門学校卒業者が日本独自の現場で実践する調和的な構造によって高品質低価格の製品を産出する日本型生産方式を確立して、世界を席巻したのです。

しかしこの調和的な構造は日本がキャッチアップの時代を終えたあとは有効さを失ってゆきます。1980年代に、すでに日本が得意とする高品質低価格という概念は普通 のものとなり、新しい機能、新しい価値の産出という方向へと世界は転回して行きました。それは産業革命の歴史を終えて、地球環境時代へとの展開を意味していたのです。

その状況で必要な人材とは何かを簡単に表現すると次のようになるでしょう。第一に環境・状況に対する高い感受性に基礎づけられた能力によって『未知の機能とその実体化法を発見する者』、そして第二は未知の機能の実体化法を基礎として、『現実的価値を持つ製品を新しく作り出す者』ということになります。

この二つのうち前者は、「全体環境変化(Total change of environment)」すなわち豊かさ拡大を支える生産性の向上の結果として、環境人工化、大量生産大量消費、人々の広域移動、などの進歩を遂げながら、結果として人口爆発、資源枯渇、大量廃棄物発生、生物多様性喪失、新疾病発生、など困難な問題を引き起こし、これらの対処に追われる状況を生み出した今、『困難を起こさない新型の豊かさと安定』を可能にする機能を発見・策定し、実現法を考案する人材です。

そして後者は生み出された新機能およびその実現法を使って、新しい価値を固有の状況にある現実社会に関する深い状況認識に基づいて製品を実際に提案することといえましょう。これらは最近話題の「国連SDGs」2)の各課題を通して必要な解決を提案できる人材でもあります。

これらの新しく求められる人材は、前者は現在の大学の特徴である構造化された学術の各領域を守る専門家ではなく、後者は現在の専門学校の特徴である専門分野における科学知識を基礎として確立した確実な方法に従って実践する専門家ではありません。それぞれ『機能発見』と『価値実現』という新しい能力が求められるのです。機能発見は学問の専門領域を超えることが必要であり、価値実現は一定の専門の既存製品を超えることが求められるのですが、これらは既存の大学、専門学校がともに欠落あるいは不足している能力です。

しかし、前者は領域学問に精通する既存の大学教育の転換、厳密には止揚によって生まれる可能性があり、一方後者は存在する製品系列の価値向上に熟練する専門学校の止揚によって生み出す可能性があります。

このように、学問における新しい機能の発見と発見された機能の社会における価値実現とは、既存の高等教育にはその構造的理由によって困難であり、新種の機関が必要であると指摘されたのです。事実30年以上にわたって言われ続けた大学改革の歩みは遅いのですが、その本質的な原因は、この新しい期待が既存機関の成立原理に抵触するからであり、改革が既存の機関において蓄積した伝統の学問的価値あるいは方法を壊すと考えられたからだと思います。

したがって、既存機関における歴史的理由によって強固に構造化された教育法の改革は、大学と専門学校を融合することでは決して得られないと考えるべきなのです。必要なのは、大学、専門学校それぞれに欠落していた教育内容を新しく創出した上で統合し、大学とも専門学校とも違う教育システムを持つ機関を作ることであったのです。それが新しく専門職大学を文部科学省が制定した理由です。

このことから言えば、我が国の高等教育界において、既存の大学、専門学校を補完するのが専門職大学であり、三者の社会的な協力構造を可視化して広く我が国における認識を広めることが日本の高等教育における人材育成が全面的に進歩することの条件になると考えることができます。

その意味からいえば、我が学校法人日本教育財団は高等教育の代表的存在である大学、専門学校、専門職大学を擁する機関として、専門職大学が持つ使命の固有性を鮮明に社会に提示するべきであるし、また実現者として優位な立場に立っていると考えます。そうである以上、新しい制度の実現者として大きな責務を負っていることの自覚を専門職大学の教職員が共有し、社会的責任を果たして行きたいと考えています。

[引用文献]
1)例えば“専門職大学等の設置構想のポイント”文部科学省高等教育局専門教育課、平成31年1月
2)持続可能な開発目標SDGs、2015年の国連総会で採択された『我々の世界を変革する持続可能な開発のための2030アジェンダ』


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進化の方向を求めて

2020.06.10


COVID-19は経験したことのないウイルスによる病、しかし医師たちの努力によって感染の特徴がわかりつつあります。それは私たちの生活に大きな影響を与えており、今後どうなってゆくのか、すでに世界は深刻な状況にあり、長期の対応策を緊急に定める必要があります。対応策は社会状況の変化を要請し、特に急がれる経済的視点からの変化の見通しが立たない状況が世界的に出現していて、社会的な深刻さが増しています。

相手は未知のウイルスですが、私にはこのウイルスが生み出しつつある状況が私たちのすでに経験している様々な地球環境変化と似ている面があるように思われるのです。例えば地球温暖化は、人類が行動範囲を拡大しながら豊かさと安全を求めて来たことの副作用として生じたものであると考えられています1)。そしてこの豊かさと安全とは次々と生み出される知識によって実現されてきたものですが、その知識は科学的知識が中心であると考えてよいでしょう。

このような人間の行動の進歩によってもたらされる困難な課題には、温暖化の他に生物多様性減少、資源枯渇、排出物増大などの自然環境の変化とともに、社会的にも国家間緊張、技術力による経済格差、労働需要偏在による生活格差などがあり、いずれも未解決です。温暖化の場合は、その危険が科学者によって指摘され、その結果理系文系の科学者を含み、政府、産業も協力する国際的協力によって対応する体制を築き上げつつあります2)。他の課題も温暖化のように科学者の適切な指摘によって国際協力体制を作る道が拓けることを私は願っています。

ところで長い歴史を通じて人類が地球上で数々の外敵に会い、それを克服しつつ進歩してきた歴史を考えるとき、上に述べた副作用である課題が過去の外敵とは全く違うことに気づきます。同じ戦わなければならない相手と言えますが、それらは人間の知識や活動に起因している新種の敵、いわば内敵というべきものであることに特徴があり、過去の外敵と全く異質であることから、『現代の邪悪なるもの』と呼び3)、外敵の場合のように科学知識を新しく作れば克服できるものでないことが明らかとなったのです。

今のウイルスは、一見過去の外敵のように人間社会の外から襲ってきた外敵のように見えます。しかし、それは過去に人類が猛獣に襲われたのと同じとは言えないのです。その感染はグローバリズムという社会現象による人の移動の急激な増加が原因しているのは明らかです。それは経済の仕組みの変化、それを支える技術の多様化、観光業など新産業の肥大化などを含み、自然の外敵とは違って人間行動そのものです。

これを単純に外敵と考えるなら、医学、薬学の専門家によるワクチンを含む薬の開発で対抗することになるのですが、今の現実でそれが主要な対応であるにせよ、すべての人が日常生活を大幅に変える事がこの敵と戦うために必要であることがわかってきたのです。その結果、当然のこととして社会的機能は大きな変化が余儀なくされ、これは人間行動の進歩による負の効果である『現代の邪悪なるもの』に分類されると考えざるを得ないのです。地球温暖化にたいしては、社会全体が省エネルギーや新エネルギーへの転換などによる二酸化炭素削減に努力中ですが、それは社会全体、そして人々の主体的な努力が重要なことが明らかになっています。一方現在の状況は「新しい日常」と称して様々な自粛要請を人々が守ることになっており、地球温暖化の場合と似ているのです。

しかしながら、ウイルス自身が変化する点は地球温暖化とも違います。その変化はウイルスが生き延びるための進化であって、温暖化のようにその原因である人間行動を止めれば解消するというものではないのが新しい問題点です。

このようにして今、人類は『進化する現代の邪悪なるもの』というさらに難しい新課題に対応する知恵が求められていることになりますが、これは従来の科学技術的研究開発では実現できないと思われます。従来の科学的知識には厳密に体系化され専門化された自然科学分野と、その応用としての領域化した工学分野が存在し、課題に応じて必要な分野が適用され、成功してきた歴史があります。ここには、確立した専門分野の組み合わせによる応用という基本的考え方があったのです。

しかしながら、物理的なものと社会的なものが複合して起こる『現代の邪悪なるもの』は科学知識の構造に対応しない、領域を超えた対象であり、しかもそれが『進化』するから対応側も柔軟に知識内容を変える、すなわち適応力が要請されることになります。このことから、『適応・進化する広領域』の思索が必要であることになります。

COVID-19の克服には、このように広い領域の知識を使い、しかも進化する相手に適応しながら我々も進化する事が必要なのです。すでに私たちは、新しい日常という名のもと、自粛する生活で、また職業で、様々な工夫をしながら生きています。それは人々が現場で新しい知識を生み出していると言うことです。

このような状況の中で、人類の進歩のための知識を生み出してきた研究と教育の拠点としての大学が何をするべきかを真剣に考えなければならないと思います。基本的には構造の改変を含む学問のあり方を考えることが中心です。長い歴史が築きあげてきた知識体系は貴重な財産です。しかし今、知識を作り出せば必ず進歩するという図式は壊れ、次々と出現する『現代の邪悪なるもの』の解消という新しい課題を前にして、これからは知識を作るだけではなくその使い方に深い関心を持つことが必要です。

今、知識を創出すると同時にその使い方をも創出して『現代の邪悪なるもの』に対処し、またその出現を阻止することが学問に要請されているのです4)。使い方は学問としては未完成であり、それに向かう特定の学問分野が整っているとは言えません。しかし、それが求められているという認識のもとに、知識が現実に使われる現場にいて、「使われる」ことに強い関心を持つ我々東京国際工科専門職大学は、学問的知識の使い方に鋭敏な感受性を持つ人々の集まりです。変化しつつ多様な要素を持つ課題への対応は一人ではできず協力が必要です。この協力とは、異なる能力を持つ人々の集団が、ひとり一人の能力を元素として強力な集合構造を作ることですが、そのためにはひとり一人の能力の進化と同時に協力関係の進化が必要です。我が大学の教員は、様々な学問的背景に加え、予測を超えて変化する社会の中での経験を背景として、そのことの重要さを理解している専門職です。

更に、今年の緊急事態宣言のもとでの開学という、予想もしなかった状況下で遠隔での開学行事と正規授業の開始とを見事にやり遂げた教員たちは、この過酷な協力を通じて協力とは何かを理解し、これからの協力を研究と教育の現実において続けてゆくであろうし、これからも起こるであろう問題への対応を、変化の本質を見抜きながら対応する『進化』する組織として新しい仕事をすることが期待されます。

そして同じ経験をした学生は、自らの夢を実現することの意味と方法について、この困難な状況の中で改めて考えたと思います。ここにも変化する外界への適応という『進化の原型』がありそれは若者にとって、また大学にとって貴重な経験であると思います。

[引用文献]
1) World Conference on Science, UNESCO, 2000(通称ブダペスト会議、ICSU-UNESCO, 1999)
2) パリ協定 2017(国連気候変動枠組条約に加盟する全196カ国全てが参加する枠組み)
3) 吉川弘之ILLUME 第7号 1992 p.41-56
4) 吉川弘之 一般デザイン学 岩波書店 2020


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開学の歴史 - 進化の構造を獲得した

2020.05.10


2019年9月に開学が決定してから時間をかけて決めた2020年4月の開学のスケジュールは、COVID-19の突発によってその実施が大きな困難に直面しました。

しかし、わが東京国際工科専門職大学では、新しい制度の下での新しい大学の出発という、事の重大さの認識の下、教員たちはその困難をはねのけて遠隔ではあるがしっかりとスケジュールを守ることを決意したのでした。

従来の遠隔授業大学(放送大学、通信大学など)とは全く違う、本来教員と学生が対面で学習することが前提されている大学の遠隔授業とはどのようなものか。突然現れたこの課題に対して、遠隔のシステムを作ることに加え、教員たちは準備していた講義や演習を対面とは違う条件・環境にあったものへの変更をはじめとして様々な環境変化に対応し、また学生も遠隔という予期しなかった条件での学習によく対応しました。この過程を通じて未知の遠隔授業とは何かを明らかにしていくと同時に、それを超えて教育、学習とは何か、大学とは何かという本質的なことをも考える機会であったと思います。

多くの大学が新学期開始の延期を発表する中で始めた新しい大学を計画通りに始めるという特別の難しい条件のもと、教員、学生の共同作業でこの未知の課題に立ち向かったこれまでの教員の働きと学生の積極的参加は、本学にとって記念すべき、そして誇るべき歴史です。この歴史は、いずれ緊急事態から解放されて常態に入って行くとき、貴重なものとなると思います。

世界的規模のパンデミックは世界的規模で社会の様々な変化を余儀なくするものであり、それにしたがって私たち一人一人も考え方を変える必要があります。それにはいろいろな点がありますが、基本的なことは自分の周りには、人類の全体と自然の全体が現実として存在しているのだという実感です。この実感は共感であり、それから生まれるのは、人類の全体、自然の全体が自分にとって大切なものであるという認識です。そしてこの認識が、地球における人類以外の存在には目を閉ざして過酷な経済闘争に集中し、結果として対立と差別を生んでいる現在の状況から脱出して、人類が善き未来へと進む道を見出すのではないかと期待しています。

このことを今私は、東京国際工科専門職大学の使命と重ねて考えていますが、困難の中での難しい開学を知恵と協力で実現した我々の組織は、善き未来へと進むために不可欠な、進化の構造を獲得したと考えているのです。

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